悪い男 [韓国]
『悪い男』キム・ギドク監督(韓国)
ヤクザのハンギは、ある日繁華街のベンチに座る女子大生キム・ソナに目を止める。無視されたハンギは、ボーイフレンドとの幸せなソナの姿を見て、強引に彼女の唇を奪う。軍人に取り押さえられたハンギにツバを吐きかけるソナ。そしてハンギは復讐のためか、それとも屈辱を晴らすためか彼女を罠にかけ、売春宿へと売り飛ばす。客をとる彼女の姿をマジックミラーの陰で見つめるハンギ。2人の間にあるのは憎しみか、それとも愛か。
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韓国人には『恨(ハン)』という感情・概念があるという。これは日本人が相手に対して抱く「恨み」とか「怨み」とは異なり、自分の中に醸し出すもの、なのだそうだ。
「自分にとって理想的な状態、あるべき姿、いるべき場所・・・さまざまな理由でそういうものから離れてしまっている、そのときに韓国の人は『ハン』を心に積もらせる。つまり、理想的な状態、あるべき姿、いるべき場所への「あこがれ」と、それへの接近が挫折させられている「無念」「悲しみ」がセットになった感情が、『ハン』なのである。」(統一日報HP/小倉紀蔵の私家版・韓国思想事典(1)より抜粋※)
最近の韓国映画の快進撃をみるにつけて、この『恨』という感情に僕は着目している。韓国映画の感情表現の豊かさ、物語の起伏に富んだ面白さは、このへんから来ているのではないかと思うのだ。「つのらせる想い」とか「せつなさ」だとか少々オーバードーズ気味の「悲しみ」だとか。それに加え、『恨』を生み出して来たと思われる歴史背景(日本を含めた周辺国から度重なる侵攻を受け、未だに統一されない民族)の中に、文学や芸術に深みを与える不条理性が、ここかしこに存在するのだ。酸いも甘いも知り尽くしている国から、すぐれた作品が次々と生まれて来るのも納得が行くというものだ。
そして、キム・ギドク監督の『悪い男』という作品も例外ではない。この作品は、僕が今まで観て来た韓国映画作品の中では、最もその『恨』を全面に感じさせるものだ。
自分の人生・運命を呪っているヤクザの主人公が、生まれも育ちも違う女子大生に一目惚れする。彼は恋を成就するために、裏社会から足を洗おうとするのかというと、そうではなく、なんと彼女を陥れ、売春宿に監禁し、働かせる。しかし、彼は女を抱くこともせず、ただマジックミラー越しから、彼女が「堕ちて行く」姿を、観賞魚のように眺めるだけだ。
彼女が堕ちて、自分と同じ地平に立ってはじめて、男は女を愛せる、のだ。「化け物」のように肥大化してしまった劣等意識と『恨』という感情。決してて交わることのない平行に並ぶ運命。それをねじまげてでも獲得しようとする暴力的な愛。そうすることでしか得られない生への衝動が、痛いほど切ないのだ。
(★★★★)
初出「旅シネ」より
『悪い男』
2001年/韓国
監督・脚本:キム・ギドク(『魚と寝る女』)
出演:チョ・ジェヒョン(『魚と寝る女』『Interview』)、ソ・ウォン(『魚と寝る女』)
配給:エスピーオー
上映時間:103分
公開:2004年2月28日から新宿武蔵野館ほかにて
公式サイト→http://www.kimki-duk.jp/badguy/
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