女神は二度微笑む [インド・南アジア]
ロンドン在住の妊婦ヴィデイヤは1ヶ月前から連絡が取れなくなっている夫アルナブを探しに赴任先のコルカタにやって来た。知らされていた宿泊先にも勤務先にも夫がいたことを証明する記録は一切なく、ヴィディヤは途方に暮れる。地元警察官ラナのサポートもあり、やがて夫と瓜二つの風貌を持つミラン・ダムジという人物が浮上してくる。どうやらその人物は、2年前の毒ガス地下鉄テロ事件と関係しているらしい・・・。
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実に良く出来ているミステリ・サスペンスだ。
知人からの薦めもあって既に英語版DVDを1度観ていたのだが、試写で再見してさらにこの作品の完成度に感心した。ミステリ部分はもちろん、魅力的なキャ ラクターがいい。主人公ヴィダヤはお腹の大きい妊婦。妊婦というのは観ているだけでもハラハラさせられるものだ。ヴィダヤは美しくも理知的で主張が強く、いかにもロンドンから来た女性という感じ。(出身はタミルの設定だ)彼女をサポートする地元の新米警察官ラナは頼り無げだが、正義感は強い。この妊婦と警察官のコンビネーションがとても新鮮だ。彼らは失踪したヴィダヤの夫の足取りを探るうち、大きな謎に直面する。
脇役たちの造詣もいい。彼女たちに接触した協力者たちが次々と殺されていくのだが、暗殺請負人は保険外交員の実に冴えない男。携帯メールで指令を受け、犯行に及ぶ。風貌に似合わず、得体の知れない怖さがある。さらに国家情報局から派遣された威圧的なカーン警視。彼が捜査に介入することで妨害と混乱が起きつつも、 事件は2年前におきた地下鉄テロ事件に絡む「国家機密」へと近づいていく。
舞台となるのはベンガル州の州都コルカタ。映画のクライマックスはベンガルで最も盛大に催されるドゥルガー・プージャ(祭)。祭の中での展開はスリリングだ。文献によると、ドゥルガーとは「近づき難い女神」という意味があるそうで、ヴィンディヤー山の住民に崇拝されていた土俗の神。悪魔を殺し、酒や肉を好み、生け贄を求める処女神だったという。「マハーバーラタ」でさらに神格化され、アスラ王を倒した勝利の女神として認知されるようになった。ドゥルガーがさらに怒りを表した姿がカーリー女神。ご存知の通り、コルカタはカーリー信仰の中心地で、有名な寺院がある。
「v」と「b」の区別がないベンガル語の特徴や、ベンガル人には正式名のほかdaakといわれる副名があることも、この映画で初めて知った。ベンガルの地域性が織り込まれていて、この映画を文学的で深みのある作品にしていると思う。原題は『カハーニー』といって「物語」という意味。驚愕の結末の後、そのタ イトルの意味するところがわかってくる。必見作だ。
(初出「旅シネ」)
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