花の生涯 [中国]
1956年5月、歌舞伎座での来日公演。『貴妃酔酒』を演じる梅蘭芳
皇帝に呼び出され、百花亭に出向いた楊貴妃だったが、
待ちぼうけをくわされる。
「宴とおっしゃたのに、なぜ別の后のところに・・・」
後宮には三千人の粉黛(美人)がいる。
皇帝にふられた楊貴妃は、一人、酒を飲む、飲む。
(手を使わずに、口だけで盃をとる貴妃)
給使の高力士が尋ねる。「人生とは?」
貴妃は答える。「人生とは春の夢、憂さを晴らして酒を飲まん」
さらに飲む、飲む。
貴妃の酔態は優雅な舞となる。
(このシーンは伝統的なものに新たにアレンジを加えたらしい。
衣装も梅蘭芳が新たに作り出したものなのだとか)
「宮中に来た頃はあんなに愛されていたのに、
今となっては無情にもわらわを捨てるというのか。
今宵を限りに別れるというのか」
もう、ぐでん、ぐでん。
BS番組『昭和演劇大全集』より。梅蘭芳、62才の時。
カラーじゃないのが悔やまれる映像だ。
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チェン・カイコーの新作、『花の生涯〜梅蘭芳』(2008年)を見て来た。
梅蘭芳(メイ・ランファン、1894-1961)といえば、京劇の代名詞的な存在であることくらいは知っていても、一体どんな人物なのか。そして、チェン・カイコーといえば『さらば、わが愛 覇王別姫』(1993)という中国映画の「至宝」みたいな作品で京劇の世界を描いたのだが、今回はどんな風に描いているのか。
幼年時代は触りだけで、青年・中年期に絞っている。老年期は全く描かれない。年代的には西太后の崩御した1908年から上海の租界から北京に戻った1951年頃まで。ほぼ、中華民国時代がすっぽり入る。
話は主に3つのパートからなる。1つ目は、青年・梅蘭芳が腹心たちと出会い、新しい京劇を作り上げ、師匠の十三燕に引導を渡すまで。2つ目は「男形」の女優の孟小冬(チャン・ツィーイーが演じている)との恋愛と離別、そしてアメリカ公演の成功。3つ目のパートは、日本占領下で抗日の態度を貫き通す姿が描かれる。いずれのパートも見所をきちんと作っていて手堅い演出が光る。
どちらかというと、梅の人生というより、彼の才能に人生を翻弄された人々の物語が前面に出ている気がする。伝統を守る旧世代のプライドを押し通す十三燕(シーサンイェン)。ワン・シュエチーの演技が素晴しい。また、梅蘭芳の熱烈なファンで軍部との間に立たされ苦しむ田中少佐。彼を演じた安藤政信も、存在感があった。レオン・ライは中年期を演じているのだが、写真を見る限り、にやけた笑顔が、本人とよく似ていると思った。チャン・ツィーイー、チェン・ホンの女優陣の抑えた演技も申し分ない。今回は背景の美術にも惹かれた。色使いは渋く、衣装などは黒と白のモノトーンで統一しているので、クールで落ち着いた感じがする。
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せっかくだと思い、久しぶりに、『さらば、わが愛』のビデオに手を伸ばした。やっぱり、この映画はスゴい。傷口が熱を帯びているような映画、といったらいいのか。レスリー・チャンの死後見るのは初めてなので、いろいろ思いが巡る。『花の生涯』の印象が吹っ飛んでしまった。同じ時代を扱っているものの、こちらは赤を基調とした色彩。 最初の方で、小豆子が6本指の一指を切り落とすシーンは、そーゆー隠喩だったのか、と今さら気づく。そういえば、日本軍が占拠する劇場のシーンで、上の『貴妃酔酒』を演じていた。
物語背景の大きな違いは、共産党政権時代を描いていていること。文化大革命時、このときに京劇は骨抜きにされ、解体されていく。毛沢東が死んだ翌年の1977年、段と程は、21年ぶりに「覇王別姫」を演じるために再会する。舞台は場違いな体育館みたいなところだ。その舞台の練習で、二人は、その物語をなぞるように京劇人生を終わらせる。改めて気づいたのだが、この映画は時代に翻弄される二人の京劇役者の愛憎を描いているだけでなく、京劇自体の「死」をも描いてるのではないだろうか。少なくとも、「女形」の終わりを描いたといえるのではないか。
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パンフレットの年譜によると、梅蘭芳の後年は、共産党の様々な式典に出席したり、映画収録、海外公演などを行っていたようである。1954年、60才の時は全人代に選出され、中国京劇院の初代院長に就任。1961年に66才で没した、とある。毛沢東に気に入られていたようだし、文化大革命期を迎えなかったのは幸いだったのかもしれない。まあ、これだけではわからないので、そのうち伝記でもを読んでみよう。しかし、映画がこの時代を描かなかったのは不思議だ。描かなかったことによって、何かメッセージを発しているようでもあるけれど。
最近、北京に「梅蘭芳大劇院」なる劇場が完成したそうだ。梅蘭芳の再評価が国家プロジェクトのような様相を呈していているのだろうか。この映画もその一つかもしれない。共産党政権以降、「女形」は女性が演じるのものとされていたようだが、最近は、男性の演じる「女形」が見直されているそうである。
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