SSブログ

G.アラヴィンダン [インド・南アジア]

aravindan.jpg

「無垢の詩人 G.アラヴィンダン」  
3月8日、14日、15日 川崎市民ミュージアムにて特集上映。



一昨年のイベント『日印交流年〜インド映画の輝き』で観た『チダンバラムの愛』と『魔法使いのおじさん』が仰天するほど素晴しかったので、ゴーヴィンダン・アラヴィンダン監督(1941-1991)の他の作品を予てから観たいと思っていた。これは見逃せない。同じスケジュールに国際交流基金の「アジア映画ベストセレクション」が被ってしまったのだけど、ひとまず、こちらを優先することにした。

今回は『サーカス』『黄金のシーター』『エスタッパン』『黄昏』『追われた人々』を観る。この中では『サーカス』が群を抜いて素晴しかった。上のパンフは1994年の川崎市制70周年記念の映画祭のもので、図案は新聞紙上にマンガを描いていたというアラヴィンダン監督自身の手によるもの。
既に評価の定まった人だと思うが、いくつかの作品はDVD化してもいいのではないだろうか。倉庫の棚に長く閉まって置くにはもったいない監督だ。ケララ・マラヤーラム語映画特集と称して、またどこかで上映して欲しい。ゴーパラクリシュナン監督作品も含めてお願いしたい。

【作品メモ】

『チダンバラムの愛』(1986)は第2回東京国際映画祭で上映されているようだ。知りませんでした。全作を観てるわけじゃないのですが、これはたぶんアラヴィンダン監督の最高傑作だと思う。
ケララ州のとある牧場を管理する男が、部下の牧童の美しい妻を姦通してしまう。それを知った牧童の夫は妻を殺し、牛舎で首を吊って自殺する。上司の男は罪の意識から酒に溺れ、逃避、放浪し、チダンバラムの寺院にたどり着くという話。エグい話ではあるのだが、映像はとても緊張感と美しさがあってアイデアに富んでいる。山の斜面でピクニックをするシーンとか、扉を開くとブーゲンビリアの鮮やかな花が現れたり、牧童の男が牛舎で首を吊っているショットなどは、詩的と言うか神懸かり的なものさえ感じる。牧場の管理者は罪の意識にさいなまれ、何杯も酒を飲むのだが、ぐびりぐびりと喉を鳴らす音の反復がとても効果的で、頭をついて離れない。アラヴィンダンの映画にはよく酒を飲むシーンが出てくる。

『魔法使いのおじいさん』(1979)は、田舎の村に毎年訪れる不思議な老人と子供達の交流を描く、マレビト信仰的な話。子供達は老人の魔法で、様々な動物に変身させられる。魔法を解くタイミングを失った犬になった少年が、犬の姿のまま旅に出る。最後には無事に元に戻ってめでたし。劇中、子供達が老人の後に連なって歌う節回しが愉快で、観賞後3日くらいはずっと頭の中でループしていた。これは多分、その節回しをアレンジした主題歌。→Kummatty song:Maanathe Macholam

『サーカス』(1978)モノクロで、ドキュメンタリータッチの作品。「チットラ大サーカス」が、ある村の川べりで興行を行う様を淡々と描いている。主人公といえる人物はおらず、人々をスケッチ風に捉える。観に来ている観客の活き活きした笑顔がいい。ヤギが棒の上で曲芸したり、ヒョウを人間の肩に担いだり、少女たちの曲芸、道化師のコントなどが演目。後半、サーカスの団員のモノローグが挿入される。顔に白粉を塗りながら「わしの名前はクリシュナン。8才の時にサーカスに売られ、67年間毎日死んで来た」とか、ラクシュミーという曲芸の年増の女は「6才の時に10ルピーで売られ、44年間テント暮らし」というドぎついコメント。夜の闇に打ち上げられる花火の光に照らし出される彼らの顔。哀感はあるが、絶望的という風でもない。最後の興行は村の祭りとぶつかって観客はガラガラ。再び、冒頭のシーンと同様に、トラックに揺られ次の目的地へと旅立っていく。

『追われた人々』(1990)はアラヴィンダン監督の遺作。ケララの故郷を追われた活動家一家と、インド、パキスタン分離で難民として故郷を追われた人々の思いを重ね合わせた社会派作品。ベンガル州が共産主義運動の盛んな土地であることは、S・レイや、リティック・ゴトクの作品で理解はしていたけれど、ケララ州が一時、共産主義政府を有していたのは知らなかった。主人公の幼少時代の少し艶のある挿話と、カルカッタの街を延々と歩くシーンが印象に残った。ただ、ちょっと全体の尺が短すぎる。もっと大河ドラマとして、じっくり描いてほしかった。

そのほか、『黄金のシータ』(1997)は「ラーマーヤナ」の一節の後日譚を、ケララの自然の中に描いた幻想的な作品。タイトルから勝手に動物が出てくる映画だと思いこんでいた。(チーターだよそりゃ)

『エスタッパン』(1980)は絵を描くのが好きな聖俗併せもった聖人で、ケララ州の2割を占めるキリスト教徒の話。パゾリーニの『奇跡の丘』とか『テオレマ』を少し彷佛とさせる。

『黄昏』は心を病んでしまった青年の内面を探る作品。音楽に合わせて編集されたらしく、そのゆったりとした時間の流れはメディテーション映画というべきなのかもしれない。波が打ち寄せるシーンは、むしろ、自分の内面に気持ちが向いていく。



http://www.cinemaofmalayalam.net/aravindan.html
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

全光榮花の生涯 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。