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ビートルズ(1) [インド・南アジア]


"Puuja" at Parmarth Ghat , Rishikersh, India(2007)

ビートルズの4人のメンバーがインドのリシケシュに滞在したのは1968年の2月〜4月頃でした。40年近く前のことです。

最初にマハリシに感化されたのは、ジョージの妻パティでした。(後にクラプトンの妻になる人です)マハリシ・マヘーシュ・ヨギというインド人グルは、1955年頃から超越瞑想(Transcendental Meditation:TM)という瞑想法を伝授する活動を世界で展開していました。60年代のアメリカでは3大グルの一人とされて崇拝され、80年代の日本ではストレス解消法としてTMが企業にも導入されました。
ビートルズの4人は家族ぐるみでイギリスを巡回中のマハリシの講演会に出かけ、交流を深めた末、ついにインドに出向くことになります。


The Gate of Maharish Yogi Ashuram ,Rishikesh(2007)

リシケシュはガンジス河の上流部にあり、ヒンドゥー教の巡礼地として有名です。ヨガ・アシュラムがたくさんあることでも知られています。

マハリシのアシュラムはガンジス河のほとりにある小高い森の中にありました。
ビートルズのメンバーはそこで一日5時間以上のメディテーションをしながら、たくさんの曲を生み出しました。その楽曲は通称ホワイトアルバムといわれる、"The Beatles"に結実します。

ご存知の通り、ホワイトアルバムは全体としてソロ曲の寄せ集めのようなバラバラな印象があり、どこか肩の力を抜いた、素のままの彼らを表現したような作品集になっています。また、自然と太陽を感じさせる曲が多いのは、このリシュケーシュの環境が大きく影響しているように思います。ジョージの名曲”Something","Here comes the sun"もここで作られたようです。

その前年、彼らのキャリアは光と影の両面を持ち合わせた局面を迎えます。最高傑作といわれる『Sgt.Pepper's Lonley heats club Band』を作り上げ、名実とも現代音楽の頂点に立つ一方で、自分たちで企画した『マジカルミステリー・ツアー』のTV番組が散々な評価を受け、ビートルズ初の失敗作、と揶揄されたりしました。また、マネージャーのブライアン・エプスタインがミステリアスな死を遂げたのは彼らにとって大きな喪失だったでしょう。20代半ばで富や名声を手にして、やりたいことをやり尽くしてきた彼らでしたが、それでも精神的に満たされないことに気づき、何かを模索していた時期だったと思われます。

現在のマハリシ・アシュラムは廃墟になっており、州政府の管理下におかれ入場が制限されています。地元のインド人はここを贅を尽くした”宮殿”という言い方をしていましたが、中へ入ってみると、その理由がわかりました。
敷地内は意外と広く、すぐに目に飛び込んできたのは、ヒト1人が入れるくらいの瞑想用のドームで、これが場内の至る所に点在しています。
2階立てのバンガロー風の建物や4階建てホテルのようなビルもあります。これが国道246沿いにあったら、まんまラブホテルですが、森の中にあると妖精でも出てきそうな可憐な建物に見えます。屋上にみえる白いカプセル状のものが手塚治虫的な曲線を思わせ、60’sでレトロフューチャーな雰囲気を醸し出していますが、これも同じような瞑想ドームで、はしごで天辺までのぼり、中に入る仕組みになっています。
 


この建物がいつ建てられたのかは、まだ未確認ですが、YouTubeでざっと見た限りでは、ビートルズ関連の映像には映っていなかったように思います。ビートルズ以降にたくさんの崇拝者(カップルが多かったそうです)が訪れ、お金を落としていったのかもしれませんし、世界展開をしていたTMの総本山として建設されたのかもしれません。60〜70年代、若者たちで溢れかえった活気のあった頃のことを想像するならば、森と花に囲まれたなかなかのユートピアとして映ります。
(ビートルズの映像に映っていたのは下のバンガロー風の家だったように思います。)

半ばジャングル化した場内を一人で歩くのは危険なのですが、好奇心がまさって、足が勝手に奥に進んで行きます。体とは裏腹に内心はびくびくしているのですが、ベンガル・トラなんか出てきませんように、と思ったその刹那、右手の薮の方からガサガサっと音がして、何者かが飛び出してきました。
「・・・・・・・・!!」

大きな猿でした。
マジびびりました。でもトラでなくて本当によかった。
その猿がのぼって行った木の先に、もう一匹の猿がいました。どうやらツガイのようです。

"Why Don't We Do It in the Road?"というポールの作った曲はインドで二匹の猿に遭遇した時の事を歌った曲らしいですが、その猿の子孫かもしれない、そうにちがいない、と独りよがりに思い込みました。

どうやらこの先に4人のメンバーが降り立ったというヘリポートがあるらしいのですが、門にカギがかかっていたので引き返すことにしました。

食事があわなかったリンゴ夫妻は2週間で、ポールは3週間で、リシュケシュを後にします。
ジョンとジョージは1ヶ月半。よく頑張りました。(笑)
おそらく、ベジタリアンな食生活と5時間以上のメディテーション、禁欲的な生活は、彼らにとって相当つらいものだったのではないかと思います。
(滞在期間に関してはまだ不明確なところがありますが)

マハリシとの決別の理由は、彼が同行していた女優のミア・ファーロウにセクハラをしようとしたことが原因になっているらしいですが、愛に寛容なはずのジョンがそれを許せなかったとは思えません。20代半ばという”幼さ”のせいなのか、ジョンはかなり疲弊していたのか、それともマハリシを想像以上に神格化していたのだと思われます。一説にはマハリシがドラッグづけのミア・ファーロウをアシュラムから追放しようとしたことが発端だという説があるようですが定かではありません。

その出来事がマハリシを皮肉った“Sexy Sadie"(セディーとはサドゥーのもじり)という曲になりました。
当初、曲のタイトルにはマハリシの名やサドゥーという言葉が冠されていたようですが、ジョージが止めた方がいいと諭したようです。
自分が信奉して入信したグルに対して、お前はただの人間だった、と言い放っているのですから、かなり身勝手な歌です。見る目がなかった自分を恥じるべきでしょう。(笑)ジョンの見事なまでの逆ギレソングの一つですね。

その後、『Apple』を発足させる彼らですから、リシュケーシュの滞在に終わりがくるのは判っていたはずで、後味の悪い結末となってしまいました。しかし、別の見方をすれば、この事件はビートルズが次のステップを踏むための儀式として必要だったようにも思えます。

しかし、その後の彼らといえば、ジョンはヨーコと前衛芸術活動に、ポールはアップルでのプロデュースに没頭し、ジョージは自分のソロを、、という感じで、4人の活動や意志はバラバラになって行き、解散へ向かっていきます。ホワイトアルバムはその過程で製作されました。

ザ・ビートルズ

ザ・ビートルズ

  • アーティスト: ザ・ビートルズ
  • 出版社/メーカー: 東芝EMI
  • 発売日: 1998/03/11
  • メディア: CD


【インドで作られたとされる主な曲】
"Dear Prudence" (Lennon-McCartney)
ミア・ファーロウの妹がメディテーションに熱心で部屋に引きこもってしまったため、ジョンが外に出て遊ぼう、と誘いかけた歌。
"The Continuing Story of Bungalow Bill" (Lennon-McCartney)
"I'm So Tired" (Lennon-McCartney)
リシケシュ滞在中、不眠症になったジョンが作った。
"Blackbird" (Lennon-McCartney)
滞在中の朝、鳥の声で目が覚めたポールが作った。
"Rocky Raccoon" (Lennon-McCartney)
ポールの曲。ジョンと同行したドノバンとのジャムセッションから出来た曲。
"Mother Nature's Son" (Lennon-McCartney)
マハリシのレクチャーからインスパイアされポールが作った曲。
"Sexy Sadie" (Lennon-McCartney)
"Why Don't We Do It in the Road?" (Lennon-McCartney)


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コメント 2

トーマス・シン・スズキ

おー久しぶりのブログは旅の大作。

しかもインドはリシケシュ。

いいなあ、インド。
キツそうだけど、また行ってみたいな。
胃腸は大丈夫でしたか?


出合った猿は機嫌がよかったようで無事で何よりでしたね。
ハヌマンと戦っても勝てる人はいませんから。


Here comes the sun はジョージがクラプトンの家に遊びに行ったときに
気持ちのよい日がさしていてそれにヒントを得たという説を信じていました。


突っ込みいれてすみません。

その2を期待しています。
by トーマス・シン・スズキ (2007-05-04 09:44) 

モンキーカネコ

トーマス・シンさんも半分インド出身だから、懐かしいでしょう?

猿は人間の子供くらいの背丈で、デカかったんですよ。

Here comes the sunはクラプトンの家ですかね?ウィキにもそうなってましたね。今回、これ書くためにざっと調べたんですが、ジョージがいかに興味深い存在であるのか、改めてわかりました。

書き込みいつもありがとうございます。
by モンキーカネコ (2007-05-07 04:36) 

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